知りたがりの雑記帳

24歳 大卒 既に2度転職 実家に寄生中無職 これからどうする!?

知的興奮は他の見下されがちな興奮と同じじゃないかなあー

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腕立て伏せで身に着けた筋肉の使い道は、どこかにぶつかった時に痛みを軽減できるくらいだと思っているムカイハルトです。

筋力は断面積に比例して大きくなるとかいうけど、それはあくまで潜在的な(理屈としての)筋力であって、火事場の馬鹿力並みに引き出せる能力が本人にあるのかは違うんじゃないかな~(´・ω・`)

 

さて今回は、
知的興奮ってそれ自体全く崇高なことでも素晴らしいことでもないんだなと、とあるツイートを読んでから感じている。


パチンコで射幸心を煽られる興奮や、美味いものを食べたときに脳で何かが分泌してる興奮、ソソる異性を見たときの性的な興奮etc
それらと何ら変わりないものだ。
食べるの好きです!というのと同じように知的興奮好き!も同レベルだ。


ただし、例えば私は小学生の頃マクドナルドのハンバーガーをとても美味しいと思っていたが、今では残念なことにそうは思えない。
マクドナルドのハンバーガーと一貫500円する寿司のどちらがより美味しいと感じるか比較したところで、その人間の価値を計ることはできない。


仮に食に関わる仕事をしていようとどちらが美味いかなんて個人の好みでしかないので関係のないことだ。
とすると、私は中学生頃から知的興奮を求めている節があるのだが、それがどのような内容であろうと構うことないわけだ。
幼児体型の女性に興奮しようが峰不二子のような女が好きだろうがどうでもいいってわけ。
何かスッキリしたなあ。

 

よくよく考えてみると世の中にはナンプレ数独)、クロスワード、パズル、なぞなぞetc

手軽に自分の思考回路を使って問題解決することで得られる”知的興奮”を売りにしている商品が沢山あるではないか。

 

私の親父は結構な勉強家であり、豊富な知識量と工夫を凝らせるスキルを兼ね備えている。

ただし、持っている能力をフルに使っているとは思えない。

金の節約のため、会社での仕事や家の中を快適にするために知識と能力を使っているが、金を稼ぐために使っていない。

 

つまりだ、知的興奮や知的好奇心を満たすことで満足しないで積極的に金を稼ぐところまで突き詰めて進めていくことが、知識とスキルの最大の有効活用ではないかと思う。

 

といっても、今回の件については無職の私が言っても説得力0に等しいなw