知りたがりの雑記帳

24歳 大卒 既に2度転職 実家に寄生中無職 これからどうする!?

好きだから継続できるという人はそういう人ってだけ。他人に振り回されるな。

3日くらいまともに外出してなくて”俺引き篭もりじゃん!”と

ようやく自分で認識できた妖精(仮)です。就活進んでないです←おい。

 

ブログに書く記事の敷居を少し低く設定しようかなと最近思っていまして、

今回は自分でツイッターに書いたことをまとめたり、

追記したりしようかなと思っています。

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自分は昔から飽き性でして、

何かが好きだからずっと続けられるのだ。
続けられないのは本当に好きなことじゃないのだ。

という主張にはずっと疑問符が残っておりました。

 

今回そのことについて現時点で思っていることを記しておきます。


好きの感度は人それぞれ


私はこれが好き。理由はこうだから。
これに対して同じ考えを持った人がいても、同じ”好き”とは言い難いものです。


好き度0~100で表してくれと言われたら、

言葉で色々語っても見えてこないものが見えるはずです。


例えば他にも好きな何かがあるとか、

どれ程の年数それが好きなのかによって相当異なるでしょう。


誰かが何かをどれくらい好んでいるか知るためには

なるべく数値化してもらうことが必要です。


ただし根っからのオタクは別です。

彼らは別次元を生きているのでその辺の凡人にはよく分かりません。

 

好きだから続くという人はそういう人ってだけ。


自分は極上に美味いと思っているラーメン屋があるのですけど、

約月1ペースで食べて7回目でもう食べられなくなりました。


好きなのですよ、そのラーメン屋の看板メニューが。


今まで食べた中で最高なのです。

3杯食べても感動するラーメンは味わったことがなかったですから。


不味い<普通<美味い<感動<気絶(脳にダメージ)という序列がありまして、

気絶級を味わえる人間も少数ですがこの世にいます。(知り合いにいる)


私は味覚感度が低いので感動が一番上の序列だと思っています。

 

とある田舎にあるラーメンなのですが、

店主が日本食の修行をしていた方でなんやかんやあってラーメンを始めたようです。


そこの看板メニューは好き度95くらいです。

文句の付け所が全くないです。飽きないなら毎週食べたいくらいです。


しかし私はもう食べられなくなりました。他人を連れていけば多分食えます。


他人が「美味しい!」と感動してくれるのでそれがスパイスになり、

別のラーメンになるからです。

 

好き嫌い関係なく続けられる人は続けられるのです。その逆も然り。


他人の考えを吸収するのも必要なことですが、

好き嫌いとそれに関係する要素については自分の感覚を基準にするしかないでしょう。

 

自称飽き性の人間へのメッセージ


自分のような人間がいるとすれば、

一度自分にとって極上の物を探してみるといいと思います。


それに飽きるかどうかはやってみなければ分からない。


もし飽きたら、本当は自分にとって極上じゃないとか、

自分が変わったから極上じゃないと思うこともできるけど、

これが自分なのだなと受け止めるしかないのでは?


ADHDの傾向に飽き性というのがあり、

人類の歴史から考えて飽き性は狩場の開拓に一役買っていたとか

進化した人類とかなんとか言われていますが、進化も糞もないですよ。


自分の生きたいように生きてください。分からないなら自分のように迷ってください。

迷うことが自分にとって必要なプロセスだと思っています。